Prose

散文

メディアの取材などで度々引用される萩原慎一郎が書き綴った自身の想いや短歌論。

萩原慎一郎が知人に宛てた手紙やメール

2017年1月1日 知人への手紙

あけましておめでとうございます。

昨年は忍耐しなければならない時期も経験しましたが、年の暮れとなって、成果を挙げることができて、本当に嬉しかったですし、ほっとしました。

ぼくも短歌を始めて、十五年という歳月が経過したのですが、それは先生と出逢ってからの歳月にもあたると思われます。それだけに、十五年という歳月の重み、感慨深く思います。

今年のスケジュールをお伝えします。

1月18日 朝日新聞夕刊 新作8首掲載

1月19日 角川全国短歌大賞準賞 贈呈式 (パレスホテル東京)

1月21日 近藤芳美賞選者賞 贈呈式(NHKホール)

と言った感じです。

なので、あとは新人賞受賞することです。それが、今年の目標となると思われます。

そして、今年は自費出版ながらも、角川書店から第一歌集を出版する予定です。もちろん、先生にはできたてほやほやの歌集を謹呈させていただく予定ですので、期待していただけると嬉しいかぎりです。

ぼくも○○に勤務するようになって、三年以上の歳月が経過しました。三月で契約最終年となるわけですが、更新する予定であると人事の方から、うかがうことができました。ほっとしました。

もし、中学高校でひどい目に遭わなかったら、もっとしあわせだったのではないか、もっと収入があったのではないかなどと脳裏に浮かぶことがあるのですが、そういうことは考えないようにしています。

ですが、今となってはこれでよかったのだと思うようにしています。そうでないと悲観論者になってしまうだけですからね。

暗い話はここまでにして、話題を変えます。

とにかくぼくは短歌や俳句といった短詩型文学の可能性を最大限に引き出せるように、いろいろと考えている日々であります。

そこで、キーワードになってくるのが、口語であると考えています。俵万智の登場によって、口語短歌の歴史が始まった、というのが、一般的な短歌史観でありますが、ぼくはそうは考えていません。 まだ、口語短歌史は始まっていないというのが、ぼくの短歌史観であります。

次世代のキーワードとなってくるのは「口語」であるのは、間違いないのですが、軽みとしての口語使用でなくて、緩和としての口語使用こそが、口語を最大限に活かした使用法だと考えています。

要するに、重たいテーマを選択しながら、口語であることによって、重みが緩和されるそれこそが、次世代における口語使用であると考えています。

なので、実は期待していただきたいのは、第二歌集以降だと思われます。

というのも、この十五年間は、模索の一五年間でもあったからです。それが、最近になって、これから目指すべきは「韻文的口語表現であるべき」だと思うようになったからです。 なので、最近のぼくの作品はほぼ口語で書くようになりました。

そのことにより、以前評価してくださっていた先生が評価してくれなくなったりするようにも、なったのですが、ぼくに迷いはありません。 ぼくは今、評価されることを考えていないからです。十年後、いや数十年後評価されるべき作品を創作する、つまり、長い時間軸の上に立脚した上での作品創作こそが、重要だと考えているからです。だから、迷いは、ないわけです。

ぼくは中学高校時代に教師に対して、絶対服従しているような生徒でした。ですが、高校卒業間際、教師は、いかに自分に責任がないか、そんなことばかりを重視して、本当におもいやってくれることは、ありませんでした。 そんなことを思うと、○○先生だけは、違いました。そんなことを思います。

だからぼくは、自分の信じる道を進むことが大切だと考えるようになりました。それが、まだ浸透はしていない短歌表現が、冒頭に表記したとおり、認められてくるようになりました。 それは、嬉しいかぎりです。この道で間違いはないのだと信じていきたいと考えています。

新年早々、ぼくの短歌観について、ずらずらと述べてしまいましたが、〇〇先生には、打ち明けてもいいかなと思った上での、文章であったと汲んでいただけるとありがたいです。 ただ、こんなにも長く短歌と付き合うことになるとは、自分でも思いませんでしたし、こんなにも熱く語ることができる分野となったのも驚きです。 ですが、短歌をこころざす青年たちの規範となれる歌人となれるよう、いっそう努力してゆくつもりです。

というわけで、先生にとっても、ぼくにとっても、飛躍の年となることを祈願して新年の挨拶とさせていただきたいと思います。

人生の師とは ○○先生氏だ 十五年間 変わらないのだ

萩原慎一郎

2017年1月18日 中学高校の同窓会の誘いのメールへの返信

メール読みました。そうですね、短歌を始めて十五年経ったんですね。そして、自分でも不思議です。こんなに続けることになるなんて。でも、やっぱり好きになっちゃったんですよね、短歌のことが。

同窓会は、無理ですね。やはり、そういう気持ちには、なれないですね。というのも、この十五年というものは、中学高校時代の体験を精神的に乗り越えるためにあったからです。 だから、中学高校は、ぼくにとっては、還る場所ではなく、離れる、離陸する場所であるからです。

もちろん、今回、発表の機会を与えられたことは、嬉しいことですが、本当の意味では、嬉しいことではないのです。 それだけ中学高校時代に負ったこころの傷は深いものです。だから、うたうんだと思うんです。そうでもしなければ耐えきれない感情に頻繁に陥るからです。

ぼくは最近思うんです。どう考えても納得できないような事態と遭遇してしまうひとたちが実際にいること。それも、ひとりやふたりではなく、相当数いること。 それでも何故生きなければならないのか?そんな立場に立たされたのだから、死んでもいいではないか?でも、力強く生き抜いているひとたちが実際にいる。

そんなひとたちの姿を見ると、こころ打たれる。どうしてか?それは、生きざまが偉大だからです。そして、誰からも否定することのできない輝きを有しているからです。

だから、ぼくはうたうんだと思います。 誰からも否定できない生きざまを提示するために。

そして、それは未来に向かっているベクトルだからこそ、過去には戻りたくないんです。 過去において、否定されたものが一切まとわりつかないようになるのが、ぼくの目標です。と同時に、その目標は、あと五十年くらいではかなわぬことも承知の上での目標です。 それだけ深いこころの傷だし、それだけうたいつづけなければならないことだと思っています。そして、ぼくは歌人としてまだ始まっていないのです。ぼくの目標は、とてつもなく高いところにあるからです。

長々といろいろと書いてしまいましたが、これだけ書けば、同窓会に参加しないことを○○先生もご理解できるでしょう。なので、このメールを転送してしまってもかまいません。そして、○○先生には、ありがとう、とだけお伝えくだされば、さいわいです。実は、明日パレスホテル東京で角川全国短歌大賞準賞の贈呈式があります。楽しんできますね。 でも、ぼくにとっては、まだ歌人として何も始まっていないんですね。